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生得衝動(本能)によるタイプ

性格のタイプ―自己発見のためのエニアグラム

性格のタイプ―自己発見のためのエニアグラム

  • 作者: ドン・リチャードリソ,ラスハドソン,Don Richard Riso,Russ Hudson,橋村令助
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2000/07
  • メディア: 単行本
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上記書籍を参考にしました。


イチャーゾは、エニアグラムの資料を初めて紹介したとき、もう一つの形の副次タイプを説明した。

 

人の振る舞いを律する三つの基本的な「生得衝動(本能)」に基づいたもので、自己保存本能社会的本能性的本能である。これら三つの構成要素は、原理上は副次タイプではないが、エニアグラムの理論にとって価値のある知見である。

 

エニアグラムのタイプと一緒に用いるときには、「本能による変型」と呼ばれる。実在する人たちをウイングとか、発達の諸段階では完全には説明しきれないとき、それらの人たちをこの変型のどれかとして説明することが出来る。

 

例えば

あるタイプ5の人は、自己保存的タイプ5、社会的タイプ5、性的タイプ5のどれかである。ウイングと本能タイプを組み合わせると、各タイプに6つの「副次タイプ」が生まれ、合計で54の副次タイプが存在することになる。

 

個人的な補足:

5w4 so・5w4 sp・5w4 sx

5w6 so・5w6 sp・5w6 sx

この6パターンを9タイプ分で54の副次タイプ

 

こういった区分は実際にしようと思えばできることであるが、大抵の人にとっては、必要以上に細かい分析になってしまう。

 

本能タイプはエニアグラムで適応できるのか?

本能タイプとエニアグラムのタイプを重ね合わせることが、役に立ち、しかも明確であるかどうか明言できない。しかし、この変型には蓋然的な妥当性がある。

 

三つの本能タイプは、人間の生得のエネルギー、あるいは、動因を代表する

 

本能タイプの意義

本能タイプが私たちに教えてくれるのは、生命のどの領域で性格は最も懸命に奮闘しているかである。しかし、発達の諸段階を下がるにつれて、その本能としての正常な機能とは反対のものを生み出すことが多い。

 

段階の落ちた例:

自己保存的タイプ

…自分の安全と健康に対して破壊的になる。

社会的タイプ

…他者を遠ざけて反社会的になる。

性的タイプ

…乱交か精神的な性的機能不全として、性衝動の表現に関して問題をつくり出す。

 

本能タイプの発達

各個々人が本能タイプの行動を三つ共にある程度持っているが、より詳しく見てみると、どれか一つの本能による変型が他の二つよりもいくらか多く発達している。本能タイプが一生の中で変化するのかどうかは未だ不明。

 

自己保存(sp)

この本能タイプの人は、現代社会で解釈される意味での基本的な生存欲求で頭がいっぱいである。したがって、自己保存タイプはお金、食べ物、住居、健康、身体的な安全、快適さなどに関心を抱く。安全であり、身体的に快適であることが、何よりも優先する。この人たちは、貧弱な照明とか座り心地の悪い椅子、あるいは、室内温度に不満であるなど、部屋の中に何か問題があれば、どんなものにでもすぐに気づく。食べ物や飲み物に関係した問題を抱えることがしばしばあり、食べ過ぎや飲み過ぎをしたり、厳しくダイエットを守ることを要求したりなどする。健全から通常までの段階では、基本的な生活必需品請求書への支払い、家庭と仕事場の維持、有用な技能の習得、等々を大事にするという意味で、三つの本能タイプの中では最も実際的な人である。

 

不健全な段階において

本能タイプの人たちが段階を堕落していくと、それぞれの本能を歪める傾向がある。歪みの程度は、自分自身を大事にすることの下手さ加減に応じる。不健全な自己保存タイプは、食事も睡眠もお粗末で、健康問題に取り憑かれたようになったりする。お金の扱いに難題を抱えることが多く、わざと自己破壊的なやり方で行動表出するかもしれない。要約すれば、エニアグラムの性格タイプが何であれ、自己保存タイプは、自分個人としての安全と身体的な快適さを高めることに関心を集中させる。

 

社会的(so)

この変型の人は、他の人たちとの交流と、集団的な活動に自分が加わることで得られる価値観や尊敬の影響に関心を集中させる。集団的な活動には、仕事、家族、趣味、クラブ、基本的には、社会的タイプが何か共通の目的で他者と交流することができるあらゆる領域が含まれる。この行動の底に流れる本能は、人として生きることには重要なものであった。人間は、独力では力弱く、攻撃を受けやすい生き物であり、しばしば敵対的になる環境の餌食になりやすい。共に生き、共に働くことを学ぶことで、私たちの祖先は、人類として生き残るだけでなく、繁栄するために必要な安全をつくり出した。しかし、社会的本能とするものの中には、他にも多くの潜在的な必要物がある。中でも重要なのは、階層的な社会構造の中での「位置」を理解することである。これは、犬やゴリラの社会を見るとはっきりわかるが、人間とて同様である。したがって、注目、承認、名誉、成功、名声、統率力、評価、所属による安全などへの欲求は、すべて社会的本能の発露であると見てよいだろう。社会的タイプは、自分のまわりで起きていることを知りたがるし、人間の営為に何かしらの貢献をしたい。自分自身の文化にまつわる行事や活動にしばしば関心があり、ときには異文化にも関心を持つ。一般に、社会的タイプは、人との交流を楽しむが、親密にはなろうとしない。

 

不健全な段階において

調和を失って不健全な状態になると、完全に反社会的になることがあり、人を嫌い、社会を恨み、何とも未熟な社交術しか持たないこともある。要約すれば、エニアグラムの性格タイプが何であれ、社会的タイプは、自分個人の価値、達成感、他者との間での安全な「立場」を築けるように人と交流することに、関心を集中させる。

 

性的(sx)

初めのうちは、多くの人が自分はこのタイプであるとする。これはおそらく、性的本能のタイプという言葉から、「性的魅力のある」人物と混同するからだろう。もちろん、「性的魅力」は見る人の目によるものであるし、本能タイプの中のどのタイプにも「性的魅力のある」人はたくさんいる。さらに、このタイプは、他の二つのタイプよりも「色っぽく魅惑的」であると考える人がいるといけないので、本能(生得衝動)はそのタイプの中で歪められて、人生最大の問題を生む領域に導くようになることがある、ということを思い出すことが賢明である。健全から通常までの性的タイプには、体験性的な体験に限らず、同じような「性的興奮」が得られる活動ならどんなものでもの強烈さを求める欲求がある。こういった強烈さは、熱心な話合いやわくわくする映画の中にも見つけることができる。社会的タイプがある程度の人数のグループを好むのに対し、このタイプは一対一の関係を好むと言われることが多いが、どなたでも自分の知り合いに意見を聞いてご覧になれば、ほとんど全員が、グループでよりも一対一の会話の方が好きであるということが明らかになるだろう。問題は、それよりも、接触の強烈さと親密さへの欲求の強さの方にある。性的タイプは、本能タイプの中で「親密中毒者」であり、自分を夢中にさせた人か物に心を奪われれば、差し迫った義務を無視するし、基本的な「生計維持」すらも顧みないことがしばしばである。こういった傾向のため、人生には多方面にわたって探検のような接し方をするが、自分自身の優先度という点では焦点が定まっていない。

 

不健全な段階において

神経症状態になると、焦点は取り留めもなくさすらい、性的な乱交と行動表出がはっきり見えるようになり、あるいは、まったくその反対に、性と親密さを怖がり、それらについて機能不全の態度を取る。しかし、性的タイプは、自分が回避していることについてすら、熱心であるようである。要するに、エニアグラムの性格タイプが何であれ、性的タイプは、「生きている」という強い感覚を自分に与えるために、他者とも環境とも強烈で親密な交流と体験を持つことに、関心を集中させる。

 

感想

どれか一つの本能による変型が他の二つよりもいくらか多く発達している

これを見ると「sp/so」という記載は、リソの定義するエニアグラムにおける本能のサブタイプではないんだろうか。あくまでもこの記述だと、一つの機能が他の2つよりも強い、つまりただの「sp優位」と書くのが正しい事になる。

 

しかし結構信用出来るサイトの多くは「3つの機能に得意な順がある」といった内容。一番弱い本能の機能を「盲点」と呼ぶが、この盲点の概念も(確か)この本ではなかった。これ以降の書籍で変わったんだろうか。