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分裂の方向ータイプ1はタイプ4に動く

性格のタイプ―自己発見のためのエニアグラム

性格のタイプ―自己発見のためのエニアグラム

  • 作者: ドン・リチャードリソ,ラスハドソン,Don Richard Riso,Russ Hudson,橋村令助
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2000/07
  • メディア: 単行本
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上記書籍を参考にしました。

 

 段階4を起点として、ストレスと不安が高まってくると、タイプ1は通常から不健全までのタイプ4の特性をいくつか行動表出するようになる。通常のタイプ1は、九つのタイプの中でおそらく最も規則に厳しく、また、自制的である。したがって、タイプ4への動きは、責任の重荷から自由になりたいという秘めた欲求の表れである。彼らはひどく厳格な超自我の要求から受ける精神的重圧をいくらか和らげて、ときには、抑え込まれたままで未処理の欲求に「活動の自由」を許したい。しかし、自己批判の源となっているものを吟味せずにそうやってしまうと、「無責任だ」という罪悪感を感じ、自分自身にもっと厳しくなる。

 タイプ1がタイプ4に動くと、自分が誰か他の人間で、義務という重荷から自由になると空想するようになる。美しいものを探し出し、仕事の重圧からの避難所として、身の回りを芸術的で楽しい環境に整えようとする。ある種の「芸術的エリート主義」が出て来る。通常のタイプ1は、自分は趣味の良い人間であると考えていて、何かの精神的重圧を受けたときは、なおさらこの自己感覚を守る。自分の人生では出会うことのできない人たちに対する熱烈なあこがれを抱くことがあるが、根がタイプ1なので、自分のあこがれの的を人に教えることはとてもしそうにない。タイプ1の超自我は警戒を怠らないので、そのような空想や欲求はすぐに攻撃を受け、抑え込まれる。

 段階5になるまでには、理想に合わせるという絶え間ない精神的重圧にうんざりするようになり、タイプ4に動いて気まぐれで、移り気になる。憂鬱な時間をしばしば体験し、自分がどれほど懸命に努力しているか、また、自分の貢献がどれだけ重要であったか、誰もわかってくれないと感じる。かき乱された感情が彼らの特質であった規律と抑制に取って代わり、それまでにないほど敏感に感情で反応し、自己不信になる。段階4での耽美主義は、段階5では、より不自然でわざとらしい性質に取って代わられる。タイプ4の演劇性と過敏性が、タイプ1の行儀作法と行儀への強い感覚と結びついて、社交的な場面では極端にぎこちなく、 自己意識過剰な人物を生み出す。これによって高まるのは、ストレスと「期待に適う」という欲求だけである。

 精神的な重圧が続くと、段階6での通常のタイプ1は、段階6でのタイプ4から行為を選ぶようになる。 彼らのひどく厳格な超自我はその努力にはほとんど報酬も与えないので、タイプ1はわがまま勝手になり、 自分自身に規則に対するいくつか例外を与える。それは、達成不可能な理想を実現する上での制約を逃れる道を与える特典とその喜びである。禁酒という美徳を褒めそやしてきたとすれば、たまには一杯やってもいい、もちろん誰も見ていない間に。ということになるかもしれない。乱交に憤慨してきたとすれば、匿名での性交を求めたり、情事を持ったりするかもしれない。タイプ1は、必死になって残酷な超自我から逃れる道を探すが、この段階では、そのための健全で調和の取れたやり方を見つけることができない。彼らの超自我は非常に極端なので、それを補償するために、無意識のうちに極端な快楽を求める。

 段階7では、不健全なタイプ1はストレスが高まっているので、不健全なタイプ4のように振る舞い始める。妥協のない不寛容さと怒りの強さをそのまま保つことができないと、タイプ1は鬱状態に落ち込む。その症状は重く、しかも長く続く。この点では、タイプ1が機能不全が著しい家族を持っていて、いつもスト レスを受けていた場合には、自分自身をタイプ4と取り違えてしまうかもしれない。鬱状態はタイプ1の激しい怒りを抑える手段として作用するが、これまで人生について発達させてきた見方に何か大きな誤りがあったことを、タイプ1にはっきりと示していることもあり得る。

 段階8では、タイプ1の強迫観念的な関心事と行為に、不健全なタイプ4から衝動強迫が付け加わる。それには、非理性的な自己嫌悪、過度の鬱状態、憎悪と性的欲望でかき乱された感情などが含まれる。不健全なタイプ1は他者の悪事に注目したり、自分の身の回りにある不完全なものに大袈裟な見方をする傾向があるが、タイプ4に動くと、同じ強さの激しい怒りを向けて自分自身にも襲いかかる。

 彼らは次第に無意識の作用の虜になるが、まだ無意識という大渦巻きに飛び込まされる準備は完全にはできていない。彼らは無意識という世界には門外漢であって、自分自身について何を発見しても、それによって恐怖や反感、自己嫌悪などでいっぱいになる。自分の感情がどれほど混乱状態にあり、どんな悪事をしてきたかが、突然、恐ろしいほどはっきりと見える。自分が拠り所として生き、自分自身を律してきた理想がもう何の助けにもならないことがわかり、うろたえ始める。

 段階9では、強度の神経症的なタイプ1がタイプ4に動くと、最後の精神的拠り所に混乱が起きる。懲罰的な態度と行動が生み出した忌まわしさが自分の上にがらがら崩れ落ちる。自分自身の堕落を目にして、恐怖のどん底に落ちる(「何ということだ、何をやってしまったのだろう?」)。極悪非道にも道徳律に背いてしまったので、決して許されないだろうと怖れる。

 彼らの罪の自覚が、今や彼らに有罪を宣告する。しかし、堕落したタイプ1は、自らの憎悪、不寛容、残酷さなどに呆然となるのは当然としても、それが行きすぎて、他者を責めてきたのと同じように激しく、自分自身を責める。他者の中に善なるものをまったく見出さなかったのと同じ立場で、今度は、自分自身の中に何ら善なるものを見出さない。

 彼らはひどく意気消沈し、絶望的になり、感情面で混乱する。堕落したタイプ1は、再び抜け出すことはむずかしいほど、極端な罪悪感、自己嫌悪、感情的な苦悩などの餌食になる。自分自身の外にあって再び結びつく価値のあるもの、結びつくだけの価値があると感じる理想などは、まったくないように思える。今や、彼らをばらばらに引き裂いているものを取り除く唯一の道は、自己を始末することである。行為能力を喪失するほどの衰弱や自殺の可能性が、まさに現実のものとなる。

 

感想

タイプ4への動きは、責任の重荷から自由になりたいという秘めた欲求の表れである。

 

段階7:潜伏期

段階8:大爆発

段階9:自滅

 

段階7では強い怒りを既に感じているが、うつ状態の方が勝っている為、あまり表面化することは無いが、段階8にて怒りが爆発する。傍から段階が落ちるところを見ていると、静かだった人間が突然豹変したように見えるんだろな。

 

タイプ1悪役描きにくいのって、段階6だと微妙に火力不足、段階7はうつ状態で使い物にならない、段階8は火力高すぎてドキツイしな。段階9で自分に全部返ってくる辺り、絶叫物だろうな。