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分裂の方向ータイプ6はタイプ3に動く

性格のタイプ―自己発見のためのエニアグラム

性格のタイプ―自己発見のためのエニアグラム

  • 作者: ドン・リチャードリソ,ラスハドソン,Don Richard Riso,Russ Hudson,橋村令助
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2000/07
  • メディア: 単行本
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上記書籍を参考にしました。

 

感想

 段階4から下では、通常から不健全までのタイプ6はストレス状態になると、通常から不健全までのタイプ3の特徴のいくつかを行動表出するようになる。通常のタイプ6は、自己不信、社会での不安定、自信のなさに悩まされる。特に自分自身に自信を感じられないときは、通常のタイプ3と同じように、他者が自分に期待していると信じるやり方で行動することによって、自信のなさを埋め合わせる。また、通常のタイプ3と同じように、自分の価値、優秀さ、能力を自分自身にも他者にも信じさせる決心をする。

 段階4では、自分の安全を高めてくれると信じる協力関係、状況、組織などに献身する。自分に対する他者の要求には応える義務があると感じ、その見返りに承認と支持を求める。ストレスが高じてくるとタイプ3に動くことになるが、そうなると、もっと経歴を伸ばし、評価を得、「出世する」ようになりたがる。これはどれも、安全を損なう危険性に対する緩衝装置として役立つ。同じように、能力・才能は限られているのに、自分が関われる好機だけは非常にたくさんあることを知っていて、望んでいる名声や地位を自分の力で確実に手にしようと競争するようになる。さらに、協力者とか、安全を求めて頼っていた制度ならどんなものとも一体化しているので、その一体感から生まれる尊敬を生かして自我を支え、他の制度と競争できると感じる(「ハーヴァードはイェールより上だ」「僕が使っているのはマックで、IBMのコピー物じゃない」「僕がひいきのカウボーイがまたスーパーボウルで勝ったぞ!」)。この段階でのタイプ6は、責任を積み上げ、仕事に打ち込んで不安を押さえ込もうとすることもある。基本的には、通常のタイプ3と同じように、自信のなさが起きると、さらに一所懸命に働き始める。

 段階5では、たくさんの義務を強いられたと感じ、仕事の状態やつくり上げた協力関係について両価的である。しかし、通常のタイプ3と同じように、他者を遠ざけたくはないし、自分自身や自分の状態に自信がないことを他者に知られたくない。そのため、急に魅力を発揮して、必要に応じて「人なつこく」なったり 「職業的」になったりする。タイプ3と同じで、この順応さは拒絶に対する怖れで駆り立てられるタイプ6は、自分が本当に出せる反応よりももっと適切なやり方があると確信する。自分自身を他者の期待に添わせることで人々に打ち勝とうと努め、それに対する反応を測る。そういった努力はたいていは不成功に終わる。タイプ6はタイプ3ではないし、他者は人なつこさとか職業的とかの態度や振る舞いの下に隠れたぎこちなさを読み取ってしまう。彼らの積極的な態度や快活さは練習を重ねたまがい物に思える。自信があり、「一緒に」いるように見せようとする努力が他者に見透かされていることに気づくと、タイプ6はそれまで以上に不安で自己不信になる。

 段階6では、態度も行為も反抗的で、攻撃的になる。自分は粗末に扱われるはずはないが、度を超して他者を痛めつける傾向があると、誰にでも通告する。この段階でのタイプ3への動きは、一種の傲慢さ、 高慢さとして見ることができる。タイプ6は「自惚れが強く」なり、自分の能力を過大評価して達成成果を誇張し、高まってくる劣等感を埋め合わせる。自分自身、自分の事業、自分が加わっている大義やイデオロ ギーなどを売り込んで、競争相手であると見なしている人々より優位に立とうとしたり、その人を過小評価したりする。他者は自分の才能や達成成果を認めていると主張し、そのような評価が得られそうもないと敵対的になることがある。また、この段階でのタイプ3と同じように、わずかばかりの成功を誇大に言い立てたり、落ち込んでいく自尊心を強化しようとして異性の口説き落としに訴えることもある。同時に、段階4で見られたグループとしての競争意識が、段階6では敵意と攻撃に堕落してしまう。フットボールのチームをめぐって激しく喧嘩したり、競争相手の霊的な視点や政治観をけなしたりする。協力関係について抱いていた誇りは、優越さを競う熱狂と化してしまう。

 段階7では、自分はやりすぎて、支援の基盤を壊してしまったのではないかと怖れる。自分の協力者や上司に呼びつけられて、自分の不行跡をとがめられるのが怖い。不健全なタイプ3と同じように、自分の失策を隠そうとし、自分がつくり出した問題なのに、それとの関わりを否定しようとする。多くの場合、不健全なタイプ6は、個人的にも仕事の上でも他者への助力をし続けようとする(「君のためにそれをして上げる」)。 しかし、実際には機能不全になっているので大した成果は出せず、今までしたことのないことをやったからと言って、人を欺かなければならない。必ずしも悪意を持って人を敷こうとするのではないが、処罰を免れたり、見捨てられないようにするために人を欺く。彼らは、自分が元になって生じた損害を修復できると信じるし、長い時間他者をなだめておければ、自分がやったと言えるだけの仕事はできると信じている。しかし、実際には、不健全なタイプ6は不正直になっているし、より大きな不安と安全の喪失を招いているにすぎない。そのような作り事は新しい精神的重圧やストレスの原因となって、さらなる努力を必要とし、それがまた恐慌状態の原因になる。

 段階8では、被害妄想のタイプ6は、自分自身にとっても他者にとっても潜在的に危険で破壊的な活動や妄想に絡み取られていく。強迫観念にとらわれたような憎しみだけでなく、復讐計画の匂いすらも他者に気づかれるのではないかという、絶え間ない怖れの中で生きる。その結果、不健全なタイプ3のように、狡猾 で、二枚舌になる。格言の言い回しで言えば「物静かで素敵な気狂い野郎」であり、彼らの被害妄想が何か怖ろしい出来事として爆発しない限り、誰一人大して注意を払わない。これほど劇的でなければ、仕事や人間関係に悲しい思いをしていたことを素振りにも出さず、ある朝、何の説明もなしに突然姿を消してしまう。 彼らの被害妄想は自分勝手に誤った一体感を生み出す原因になったり、実際とはまったく違った人物として初対面の人に自分自身を披露する原因になったりする。それはまるで、不健全なタイプ6は、偽装、まだ持っていると感じる最後の安全の拠り所なしには人前に出るのを怖がっているかのようである。

 しかし、タイプ3に動いても、基本的にはまだタイプ6である。彼らの精神病的な暴力は自滅性が形を変えているにすぎず、厳罰を求めようとしているのではない。法律を破ったとすれば、タイプ3に動いたタイプ6は、相手と和解するという対応を引き出すことには成功しないであろう。むしろ、投獄されるか、処刑 されるか、自分自身が憎悪と復讐の対象になるであろう。

 

感想

タイプ3に退行するとやたらと出世や「成功すること」に固着し始めるという解釈でいいのか。現状に対処するために退行先のタイプの特性を引っ張り出すも、所詮自分の本来のタイプではない為にうまくいかないって皮肉よな。自分のタイプで頑張れってことか。