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【タイプ5】1.核をなす理論、術語、およびエニアグラム上の位置※修正

強欲とは

 怒りの表現がほとばしり出るものであれば、強欲のそれは制止、つまり抑制的なものである。怒りが(意識されていないとしても)断固とした態度で欲望を表明するのに対して、強欲では欲望は保留性を通じてのみ現れる。これは恐れに満ちた固執であって、成り行きにまかせていれば大変な貧困に陥るという幻想を伴っている。内に秘められた衝動の背後には、切迫した窮乏の実感がある。

 

自分への固執

 しかし、固執はタイプ5の心理の反面でしかなく、残る反面ではさっさと諦めてしまうのである。 愛情や他者への期待をあまりにも完全に諦めてしまうので、その補償として自分自身に固執する。この固執は所有欲として現れることもあるが、より一般的には自己の内的生活へのこだわりと、努力や能力の出し惜しみを含んでいる。強欲な人(タイプ5)の抑止と自己制御は怒りのタイプの人(タイプ1)とやや似ているが、ただしそれは未来への展望に心を開かず、現在にしがみつくことによってそこに停滞するという形で示される。 

 

タイプ1とタイプ5の比較

タイプ1

①タイプ1の多くが自分の怒りに気づかず、怒りをタブーにしている。

②外界に対し批判的

③能動的な外向性

④要求が多い

⑤理想化された超自我に合致している自己に同一化している

タイプ5

①タイプ5はほとんど自分の欲望に気づいておらず、意識しているのは物を手に入れようとする態度と、立ち入り禁止の境界線を引いている。

②内的に完全主義的

③内向性(行動を避けようとする思考型の内向性)

④自分の必要や要求を最小限に抑えようとし、また強迫的な従順さゆえにいじめを受ける傾向がある。

⑤超自我の要求の対象である、圧倒され罪責感に満ちたサブパーソナリティに同一化している。

 

どちらのタイプも強力な超自我によって特徴づけられるが、両者はそれぞれ警官(タイプ1)と泥棒(タイプ5)のようなものである。

 

タイプ1と5の双極性

 病的な離脱としがみつくという形の固執に見られる双極性は、タイプ1の怒りと過度に洗練された強迫的な徳との双極性に呼応する。タイプ5の欠乏感は心の奥深く、無関心と諦めとストイックな放棄の陰に隠されている。そして完全主義がそれを支える怒りを育むように、要求の禁止は(単に満足のための要求だけでなく、内心の是認に基づいた要求すらも)、しがみつかずにはいられない衝動の基にある貧しい生を育むのである。

 タイプ5に対応する固着を指すイチャーゾの用語は「けちくささ」であって、支配的情動である「強欲」に極めて近い。与えることができず、しかもそれに気づけない状態を暗黙のうちに示しているが、この言葉はタイプ5の世界への関わり方、対象との間に距離を置き、関わりを放棄する主たる特徴を理解する上でより核心をついている。しかしもっと適切なのは離脱、引きこもり、自閉そして分裂病質という言葉である。

 

考察

タイプ1ー怒りと完璧さをめぐる諸問題

タイプ5ー超脱と病的恐怖をめぐる諸問題

リソの記事のタイトルとキーワードは一致しているんだが、内容が全く別物な点が、やっぱ別の派閥だと認識させられる点。

 

怒りの人…タイプ1

強欲の人…タイプ5

に対応している。それぞれのタイプの大罪から名称を取っている。

 

タイプ1の冒頭で特にタイプ5の話が多く出てくるわけではない。タイプ1との比較が続くのは、単にタイプ5がタイプ1と比較した際に理解しやすいためだと思われる。

 

参考書籍

性格と神経症―エニアグラムによる統合

性格と神経症―エニアグラムによる統合