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タイプ5ー安全と不安をめぐる諸問題

性格のタイプ―自己発見のためのエニアグラム

性格のタイプ―自己発見のためのエニアグラム

  • 作者: ドン・リチャードリソ,ラスハドソン,Don Richard Riso,Russ Hudson,橋村令助
  • 出版社/メーカー: 春秋社
  • 発売日: 2000/07
  • メディア: 単行本
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上記書籍を参考にしました。

 

思考の三つ組のタイプ5

 思考の三つ組に属する他の二つの性格タイプのように、通常のタイプ5は、環境は予測不可能であり、 潜在的に脅威となるものとして怖れるので、不安全ということに問題を抱える傾向がある。さらに、自分は無力であり、世の中にたくさんある危険に対しては自分自身を守れないと感じる。自分は他者と同じように は機能する能力はないと信じていて、世の中を適切に生きていくのに必要であると自分が感じられる技術と知識を獲得することを、優先順位の第一番にする。

 無力で無能であるという彼らの、根元的怖れは、彼らの行為に大きく影響する。タイプ5は、自分個人の資質や能力は限られていると信じるので、行動や必要を切り詰めることで不安に対応する。不安を感じれば感じるほど、必要を縮小する。このやり方はときには問題への対処にとって気の利いた方法になることも あるが、不安になったタイプ5は、不適切さへの怖れを鎮めるために極端にまで切り詰めて、原始的な条件の下で生きようとする。当然のことながら、こういった志向を取れば、他者の必要によっても簡単に圧倒されたと感じ、自分が与えることができると感じる以上のものを他者が彼らに期待している状況から逃れよう とする。怖れが高じると、タイプ5は世の中や他者との結びつきを「避け」始める。

 

健全な段階

タイプ5が健全なときは、人生に加わって自分の認識を吟味しているので、現実をあるがままに観察することができ、複雑な事象を即座に把握して理解することができる。

 

通常の段階

しかし、安全を求めているときは、通常のタイプ5すらも、その認識は歪んだものになる傾向がある。彼らの思考はいっそう絡み合い、複雑になっ て、ますます不安が燃えさかる。世の中から引き下がっていけば、世の中に対応していけないという怖れだけが高まっていく。

 

不健全な段階

最後には、生きていくための基本要件すらも、言いようもないほど怖いもののように思まして、不健全な段階になれば、ほとんどすべての人との接触を断ってしまう。いったん孤立してしまえば、自分自身についても現実についても、完全に歪んだ概念に取り憑かれるので、その奇矯な考え方は極端にばかばかしいものにまで発展する。最後には、不健全なタイプ5は、完全に恐怖に取り憑かれ、自分自身の頭の中でつくり出した恐ろしい幻想の罠にはまってしまう。

 

不安をめぐる諸問題

 不安をめぐる問題は、思考の三つ組に属する性格タイプに共通する課題の一つであるが、これは彼らが客観的に現実を認知することが困難であることに関係する。どんな人にせよ、どんなものにせよ、自分や自分の思考に影響を与えるのではないかと、彼らは怖れる。自分自身の行動能力を疑っているので、他者の抱 えている課題のために自分は途方に暮れるのではないか、自分より力のある人たちが自分を支配したり虜にしたりするのではないか、と怖れる。しかし、皮肉なことに、通常のタイプ5でさえ、自分の独創による観念ならば、それに支配されることに気が進まないわけではない。自信の強まっていく感覚が消えていくこと があってはならないので、何であれ自分の思考に影響させることは許せない。しかし、自分自身の観念と認識だけを頼りにするし、それを現実の世界で試すことはしないので、タイプ5は現実との接触を大きく失うことになる。

 

通常から不健全な段階

 通常から不健全までのタイプ5は、つまるところ、環境について持った自分の認知が妥当かどうか確信が持てない。何が現実で何が自分の頭の産物なのか見分けがつかない。彼らは、不安でがんじがらめになった思考と攻撃の衝動とを環境に投影し、敵対勢力はこぞって自分に立ち向かっているように思えて、怖ろしく なる。奇妙でますます暗くなる現実解釈は、物事の実際のありようであると次第に確信するようになる。最後には、あまりにも恐怖で圧倒されて、不安の虜になっているにせよ、行動することができない。

 

ユングのタイプ論

彼らが世界に向いているときに基本になっているのは、考えることである。性格タイプ5はユングの内向型思考タイプに相当する。

 

 内向型思考は、何よりも主観的要因によって方向づけられる......。それは、具体的な経験から再びその対象物に向かうのではなく、常に主観的内容に向かう。内向型の人はしばしば自分の思考をそのように見せようとするが、外部の事実は内向型思考の目的でも根源でもない。内向型思考は、実在の現実領域にまで及ぶにせよ、主観に始まり、主観へと立ち戻る......。事実が集められるのは、理論の根拠のためであって、事実それ自体のためではない。(C・G・ユング『心理学的類型』三八〇頁)

 

 タイプ5はユングの内向型思考タイプに相当するが、より正確には、タイプ5の特徴は、おそらく主観的思考タイプというところにある。なぜなら、彼らの思考の照準は必ずしも自分の内部に向けられて(つまり、自分自身に向けられて)はいないからである。むしろ、外の環境に向けられていることが多く、その中にいて一層安全でいられるように環境を理解したい。彼らの思考の起動力は、ユングの言うように、「主観的要因」 から、自分自身の外部に存在するものを知る必要から、そして同時に、環境を理解できないときの不安から生まれる。タイプ5が世界に適応するため、そして逆説的ではあるが、世界から身を守るために思考を用いるのは、これが理由である。

 

 タイプ5の思考方法がもたらす結果の一つであるが、健全なタイプ5ですらも、腹の底からの体験という意味では、あまり深くに根差してはいない。彼らは、他者がほとんど何も見ない、もしくは、まったく何も見ないところで、何かしら意味のあるものを発見するのがいつものことなので、ごくわずかの体験から非常に多くの知的な利益を得る型の人である。これは大発見に繋がることもある。しかし、世界を観察することを止め、その解釈に関心を集中させると、タイプ5は現実との接触を失うようになる。世界を観察している間はいつも、心を広く保ち続けるが、それを止めれば、自分自身の思考と夢に没頭しすぎることになる。そうなると、建設的な行動の世界自信が発達する必要のある領域からはさらに遠ざかることになる。 自分の人生にはほとんど何の実際的な影響を持たない、仮想の現実についての考えや空想をもてあそぶことに長い時間を費やすようになり、それがさらに自分自身についての怖れを深め、さらに世界の餌食になりやすいと感じるようになる。

 

感想

タイプ1…外向型思考タイプ

タイプ5…内向型思考タイプ

この関係でタイプ1とタイプ5が比較されやすいのか。ユングのタイプ論における外向型思考と内向型思考の違いが結構わかりにくいが、客観的な事実重視の思考が「外向型思考」、主観的な内容重視の思考が「内向型思考」だと思われる。