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【タイプ4】1.核をなす理論、術語、およびエニアグラム上の位置

羨望とは

 羨望という感情は、何かが欠けているという苦痛を伴う感覚と、欠けていると感じられるものへの切望を含んでいる。主体の外にある何かを良いものと感じ、それを取り入れようとする状態である。

 羨望は幼時期の欲求不満や欠乏感の反動として理解できるが、同時にそれは心理的に自己への欲求不満の要素を備えている。というのは、羨望に含まれている愛への過剰な切望は、恒常的な内心の欠乏感や「悪い」 という感覚に決して答えてはくれず、かえって欲求不満や苦痛をさらに招く結果になるからである。欲求不満は羨望の当然の結果である。そればかりか過剰な願望は、苦痛に満ちた状況を招く場合がある。

 

羨望(タイプ4)と虚栄(タイプ3)と強欲(タイプ5)の関係

 エニアグラムでの羨望(タイプ4)の位置は虚栄(タイプ3)と強欲(タイプ5)に挟まれている。強欲は羨望と同じ位の欠乏感を含んでいるが、欠乏という体験に対しては違った態度をとる。タイプ4が力強く手を伸ばし、欠けているものを強く要求するのに対し、タイプ5は外界からは何も期待しないという心的態度をとり、 寧ろ、自分のエネルギーを保持し、自分に留意し、自分の面倒を見るのが特徴である。

 虚栄(タイプ3)との関係は強欲(タイプ5)との関係よりも重要である。タイプ4はエニアグラムの右側の三つ組(感情の三つ組)の一つであるが、この三つ組は全体として自己のイメージに過度の関心を寄せるものだからである。タイプ3の人が理想像と一致する自己の部分に同一化するのに対し、タイプ4の人は理想像に合致しない心的部分に同一化し、得られないものを得ようと常にもがいている。それは虚栄によって生きている人間であり、欠乏感と無価値感(タイプ5)がないまぜになった感覚のために、目的の達成に失敗したのである。

 

タイプ4とタイプ5の比較

タイプ4と5(羨望と強欲)が、無価値感と罪責感と欠乏感を共有しており、両者とも抑鬱的と言えるにしても、両者の間には色々な点で顕著な相違がある。

タイプ4

①羨望における罪責感は意識された苦しみである

②抑鬱ははっきりした悲しみを示している

③「湿った」抑鬱

④羨望は情熱的

⑤湿った羨望は強烈

⑥湿地

⑦騒々しく不穏な雰囲気を持つ

タイプ5

①強欲の罪責感は表面的には道徳的無関心によって幾分覆われている※。

②しばしば泣くことや、苦痛を表すことが難しく、抑鬱は無気力と空虚さの形をとる。

③「乾いた」抑鬱

④強欲は引きこもる

⑤乾いた強欲は無気力

⑥砂漠

⑦静かな内向的な雰囲気を持つ

 

ここには鋭く対立する姿が映し出されている。 羨望という動因を別にすれば、タイプ4の典型的な特徴は 自己犠牲と欲求不満の傾向だろう。※(道徳的無関心はタイプ8にも共通するもので、自分自身の過度の要求や非難に対する反抗になっている)

 

DSMⅢとタイプ4

カーンバーグ等が、抑鬱的で自己否定的で被虐的な人格の型を考慮に入れなかったことについて、DSMⅢを批判したのは正しい。DSMⅢの改訂版の中で、少なくとも試案的に、この性格が取り入れられたのは喜ばしいことである。なぜならその性格は、確かに、対人関係上の問題を形成する最も一般的な原因の一つだからである。不平を言い、悲しみ嘆き、満足することを知らない傾向の観察は、ホーナイの観察に至ってさらに精緻化されたのである。

 

考察

タイプ4が「湿地」

タイプ5が「砂漠」

という喩えが非常にわかりやすい。ここにおいてウイングの話は全く登場していないが、砂漠兼湿地の場合はどうなるんやろ。

 

参考書籍

性格と神経症―エニアグラムによる統合

性格と神経症―エニアグラムによる統合