NT’sのblog

役に立たないNT'sによる性格診断情報ブログ

【タイプ6】1.核をなす理論、術語、およびエニアグラム上の位置

恐怖とは

 イチャーゾはタイプ6の情動と固着をそれぞれ「小心」と「臆病」と呼ん だ。小心は恐ろしい場面での不安な躊躇や行動の禁止を意味すると解されるだろうが、であれば、私がこの性格の支配的情動を呼ぶのに用いている「恐怖」という言葉に当たる。

 しかし、もし恐怖または臆病という言葉をタイプ6の支配的情動を呼ぶのに用いるのなら、怒りや他の情緒の場合と同様、この重要な情緒は直接行動に現れるとは限らないことを指摘しておく必要がある。 あるいは、それは意識的な英雄的努力という過補償の形で現れるかもしれない。恐れの対抗恐怖的否定は、怒りを過度の優しさと自制で覆い隠すことや、利己主義を過度の譲歩で覆うこと、その他一連の諸性格、特にタイプ6のサブタイプの内に現れる他の補償の形と本質的に同じである。

 恐怖や臆病よりさらに特徴的なのは、タイプ6の人の多くに不安が見られることである。不安とは恐怖からの派生物で、その特徴は外的または内的な危険を認識していないにもかかわらず恐れることと言ってよい。 

 

不安定さと信仰心

 勇気から臆病へという経緯をたどれば意識の堕落を見ることができるように、信仰に対する信仰者の理解の堕落についても語ることができるかもしれない。原型分析では信仰は心理的触媒であって、それは不安定さという束縛からの解放の可能性を秘めた門として存在するのだが、信仰という言葉のこのような意味での使い方は、一般的な宗教論文での用い方とはまったく異なる。後者では信仰とは一組の信仰箇条を固く保持することなのである。

 

DSMⅢにおいて

 精神力動を分析しつつこれから考察していくように、認知面で恐怖と対になるのは自己卑下、自己対立、 自己非難の態度だろう。つまり自分自身の敵になることであるが、予想できる外部からの反対に与して自分に敵対するほうが、外部の敵に遭遇するよりましだということを意味すると思われる。DSMⅢの妄想性性格の定義はタイプ6より狭義である。というのは、後者は三つの異なる種類の妄想思考を含んでおり、 それは不安に対処する異なった方法を意味しているからである。精神分析でいう恐怖症性格はまた別のものであり、今日ではDSMの「回避性」人格および「依存性」人格障害にほぼ合致する。しかしまた、著しく頑固な型もあり、通常、妄想性と強迫性の間の混合人格障害と診断されている。

 

考察

不安とは恐怖からの派生物

 

 各タイプによく言われる表立った特徴を遡ると、根本に大罪がある辺りよくできてると関心する。

 

参考書籍

性格と神経症―エニアグラムによる統合

性格と神経症―エニアグラムによる統合