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【タイプ8】1.核をなす理論、術語、およびエニアグラム上の位置

情欲とは

 「情欲」とは「肉体的快楽を不当に用い、これに溺れる悪徳」であり、付加的な意味として「特定のものに溺れること」としている。イチャーゾはその原型分析の説明でこの言葉を後者の意味で用いた。我々はより一般的な用い方である前者の意味をその派生物、または結果とみなすことができる。したがって私は「lust」という語を過度の情熱、セックスを通してのみならず、あらゆる形の刺激、すなわち活動、不安、趣味、スピード、ボリュームをあげて音楽を聞くこと等を通して、激しさを求める情動を指すものとして用いる。

 

タイプ8の位置

「情欲」はエニアグラムでは内部三角形の頂上のすぐ下に位置している。

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それは怠惰(タイプ9)、つまり感覚運動的気質に近い関係を持ち、「嫌悪(タイプ6)」や「切望(タイプ3)」(三角形の他の二点)よりも認知の曖昧さや「無知(タイプ9)」が優位を占めていることを示している。情欲の怠惰な面は「強い刺激がなくては生きていられない」という感じのみならず、それに伴う内的なものの回避から理解される。この性格の特徴である活気に満ちて生きることへの渇望は、その背後に潜む生き生きした生の欠如を補償する試みと言ってよいだろう。

 

 タイプ4との関係

 情欲はエニアグラムでは羨望(タイプ4)の対称点に位置しており、サド・マゾヒスティックな軸の上部の極をなしていると言えるだろう。8と4という二つの性格は(こうした用語が示すように)ある意味では正反対の性格であるが、ある点、たとえば激しさへの渇望という点ではよく似ている。また、被虐的な性格がある意味で加虐的であるように、情欲には被虐的な要素がある。サディスティックな性格は活動的であるが、被虐的気質は感情的である。前者は罪責感なしに欲求の満足へと向かうが、後者は切望し、切望することに罪責感を持っているのである。

 羨望が中心になる性格がエニアグラムで最も繊細であるように、タイプ8は最も感受性が鈍い。エニアタイプ8の激しさへの情動は、激しさを行動によって得ようとする試みであって、タイプ4では繊細な感情によってそれを成功させている。この感情は、タイプ8がエニアグラムの上部の三つ組(8、9、 1)と共有している基本的な怠惰によって覆い隠されているだけではなく、鈍化されており、依存に対抗する自信過剰を強めているのである。

 

タイプ7との関係

「情欲」の性格学上の症状は貪食(タイプ7)の症状と類似している。双方とも衝動的で快楽主義的である。しかし、貪食の場合は衝動性と快楽主義は弱く柔らかく優しい性格特性に伴われているが、情欲では性格は強く堅い。

 

タイプ2とタイプ5との関係

 例によって、この性格もエニアグラムの内部の線によって結合されている関連性格の対極に位置する。つまり、タイプ2が過度に女性的で敏感であるのに対して、タイプ8は過度に男性的で鈍感である。タイプ5が内罰的で内気であるのに対して、タイプ8は外罰的でずぶとい。いずれの場合でも一方から他方への移行は、防衛であると同時に、精神的エネルギーの変容として理解できる。

 

DSMⅢにおいて

 DSMⅢに記されている反社会性人格障害は、タイプ8の極端に病的になったものであり、特殊な例とみなせる。より広義の症状はライヒのいう「男根期自己愛的」性格、またはホーナイが記す執念深い性格から、より詳しく知ることができる。「サディスティック」という言葉は、タイプ8がタイプ4という被虐的な性格の対称点に位置することから考えると、まことに適切と思われる。

 

考察

他のタイプとの関係性の記述が充実しているが、特にタイプ4との関係性が目を引く。そちら方面に具体的にご縁がある訳ではないが、写真を見ているとタイプ8と思われる人がちまちま写っている。タイプ8タイプ4コンビとかいそうだ。

 

参考書籍

性格と神経症―エニアグラムによる統合

性格と神経症―エニアグラムによる統合