NT’sのblog

役に立たないNT'sによる性格診断情報ブログ

【タイプ7】1.核をなす理論、術語、およびエニアグラム上の位置

貪食とは

 貪食は他の罪よりは少し軽いように見える。しかし、貪食をもう少し広義に、つまり快楽への情熱と解釈するなら、それはまさしく大罪である。それは、主体の自己実現の可能性からの逸脱を意味している。快楽主義は精神にからみつき、至高善の追求への障害となり、落とし穴となる。快楽に対する弱さは、一般的に誘惑に対する敏感さを構成すると言ってよい。 

 

ペテン師

 私が初めてイチャーゾの原型分析の構想を知った頃、彼はタイプ7の人を「ペテン師」と呼んでいた(その固着を「ペテン性」と呼んだ)。この言葉も字義以上の意味で理解される必要がある。すなわち貪食の人は、言葉と「もっともな理由」で世の中を渡ろうとする人たち、換言すれば、知性で他者を操縦しようとする人である。この人格に対してイチャーゾが後に用いた「計画自我」という語は、「ペテン師」が夢想家でもあることを意味している。実際、彼のペテン性は夢を現実として受け取る(または差し出す)ことと解釈できるかもしれない。しかし私は、「ペテン性」という言葉はもっと多くの意味を含んでいると思う。計画性はタイプ1と3にも顕著な特性であるが、「ペテン性」という言葉には特別の意味合いがある。それはたとえば、豊かな表現能力、説得および言葉を用いて人を操縦する働き、不正にも自分の知識の限界を越えることなどである。タイプ7は単に計画を立てるにとどまらず、「策士」 である。

 

貪食の特性な人の特性

 イチャーゾは貪食の特性を「もっと欲しがること」としている。どちらがより深い解釈かを決めるのは、私の貪食な読者に任せよう。私の印象では、この表現は性格学的に適切であるが、貪食な人が情欲の人と共有している不安定さを指してもいる。さらに、時として貪食な人が、もっとあればもっと楽しいだろうと想像するのは事実であるにしても、彼らの特性は「もっともっと欲しがる」のではなく、それ以上に、人里はなれた所や一風変わったことの浪漫的な探求者であり、変化と冒険と驚きを求めることにあるのも事実であ る。

 

DSMⅢにおいて

 DSMⅢではタイプ7症候群は「自己愛的」と名づけられている。しかしこの言葉は、多くの著者によって他の人格にも用いられていることを認識しておく必要がある。

 

考察

筆者A(タイプ7)曰く、エニアはタイプ7の解説が他のタイプと比べて微妙なような気がしないでもないらしい。ナランホも心なしかそこまで確信があるわけでなないように見える。平面的らしい。

 

参考書籍

性格と神経症―エニアグラムによる統合

性格と神経症―エニアグラムによる統合