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「妬み」の対義語とは何か

「妬み」と「慈しみ」

「妬み」の対義語は「慈しみ」だと思うんですよね。
とある1w9の発言。知人の名言な。


「妬み」こと嫉妬は、タイプ4の大罪だとされているな。どのタイプの大罪も、普遍的に人間に見られるものだがな。最初に言っておくが、自論要注意な。

 

参考:エニアタイプと大罪

タイプ1…憤怒
タイプ2…傲慢
タイプ3…(虚栄)
タイプ4…嫉妬
タイプ5…強欲
タイプ6…(恐怖)
タイプ7…悪食
タイプ8…色欲
タイプ9…怠惰
エニアグラムと7つの大罪より。学派が違うため鵜呑み要注意。あくまで参考程度にな。

 

嫉妬の必要性

嫉妬という行動は、大罪としてカウントされるように、基本的には忌避されるコマンドだな。しかし「完全に非合理的な行動かと聞かれると、そうだとは言い切れない場面がある」んだ。

 

例えば「自分より裕福な人を妬んだ」としよう。その人が社会的な真実として「社会の平均値から逸脱して贅沢三昧を披露していた場合」には…うん。「嫉妬や非難を受けても妥当な節がある」よな。

 

「嫉妬」という感情は本来「上方向に逸脱した存在を、中央に寄り戻す」というプラスの作用があるんだ。

 

(ただ問題こと大罪として認識されてしまうのは、人間は嫉妬を適切な存在へ向ける事が、極めて難しい生き物だったからだな。妬む対象が適切だったなら、それは罪とは言えないかもしれないな)

 

嫉妬と社会システム

「嫉妬」が罪に問われない時は「上が持ち過ぎている時」と言ったな。裏を返せば「下が余りにも持っていない時」だ。

 

纏めると「何らかの尺度で、上と下との格差があり過ぎる時」だな。金、容姿、知識、チャンス、その他諸々な。

 

(これがちょっと難しいんだが、この尺度で「リソースに限度があるもの」と「リソースに限度がないもの」があるんだよな。話が複雑になり過ぎるんでスルーしてくれ。ここでは「分配可能なリソースの母数が固定化されている」ものとして話を進めていくぞ。「母数自体を増やす事が可能」な場合もあるからな!)

 

嫉妬が妥当だったと認められる為には「上を妬んで中央へ寄せる(リソースを手放してもらう)」と同時に「下を慈しんで中央へ寄せる(リソースを配る)」事を同時に行わなくてはいけないんだ。

 

妬むのが弱者のためであれば、同時に弱者を引き上げなくてはならない、という話ですな。嫉妬を社会的に必要な行動として解釈するのであれば。

 

嫉妬が大罪と呼ばれるのは、人は嫉妬するだけしておいて、上を引き摺り下ろす事に成功すれば、そこで満足してしまうからだな。それどころか…引き摺り下ろした際に回収したはずのリソースが「行方不明になってしまう」からだな。

 

「下の者への慈しみの為の妬み」だとしたら、誰も大罪と呼ぶ事はないのかもしれない、という話だな。

 

余談:大罪が罪とは呼べないとき

今回は「タイプ4の大罪こと嫉妬」がプラスに働く条件について書いてみたが、他のタイプと対応している大罪も、場合によっては「…まてよ?」となってしまうのは同じだ。それぞれ条件は全く違うがな。もし 暇だったら、大罪が大罪と呼ばれない場面についてでも考えてみてくれ。