NT'sのブログ

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役に立たないNT'sによる性格診断情報ブログ

先手:性格より前に考えることが共通の終点だった

はじめに

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本の表紙から著作権の無料閲覧の問題に発展するのか…全ての書店の書籍の表紙が黒塗りカバーで「タイトルだけ」表示されている世界を想像してほしい。そこまでは発展しないだろうという絶対の論争の下の地点がある。

 

出て来たからには仕方ない

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将来★ミス。そんな簡単な言葉で心理機能や類型論からユング大先生を紹介して済まされる時代。回転寿司のような規範のライン作業を超過するとどうなるのか。

 

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まず着手した頃には問題が全ての手遅れ論争の次元を超えた何かまで発展していた。まずもう此処から開始しないと間に合わないとレベルを突き飛ばされた。

 

後で原因理由を考える仕事

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そいつは極悪人架空例シリーズの登場人物だと1周目6番手のアロセルがINTJ7w8だと記述したのが類型論の最後だった。後からはもう罪人の血とか悪ノリがキツい人間は普通に言い出す。

 

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これが「心理学科」になると「クレイジー」を除外して話を進めることは出来ない。同様の区分でも別の本で記述されてる対象範囲の大前提が違うのはよくあることだな。此方を地点として抜きにすることは厳しい流れだそうだ。応答ならばこれになる。

 

前提条件から「此処まで違うなら逆にナンセンス」条件の見落としになるくらいなら思い出さない方が結果論はマシになるコンテンツかもしれない。全ての前提条件から最適解を判断出来ることはない。前提の組み込める理解の見積もりの限界が大事だな。普段会話から欠陥口論の転落事故だけが関門4だ。元のセンスは節約になるだろうね。

 

思考言葉の組み立ての前提限界の縛りプレイを辞めると、ラスボスがアザレルからジグルナに変化してしまうのかな。ゲームアナウンスのメタ解釈も筆者としての事実だったな。